過干渉されても決定権は自分にある
20代半ば。
いろいろと考えることが多すぎるな
女性の多くは
仕事、結婚、子育て。
それらの重要度はその人それぞれだけど
他人から干渉されすぎるというイライラポイントがあると私は思う。
幸い、我が家はまだ結婚しないの?と直接言ってくる言う親ではないようで心が軽い。
朝ドラを見ている母は共感しかないと言っていた。寅子は母の親世代かそれより上になるのかもしれないが、女性の立場みたいなものは変わらないもなのかもしれない、、
今の決定が人生、キャリアに繋がると思うと頭が痛くなるね。
伸ばしてた髪を切る
2年ほど伸ばし続けた髪を切った。
胸元くらいあったことらから肩までで、多分10cmはカットした。
よく女性が髪を切るとき失恋したの?とか良く聞かれる
この時代にこんなこと言うと
「今時そんなこと言って…」
「ただ自分の好きな髪にしたいだけだ」
とか言われるのはわかってる
だけど実際私の友人は結構恋愛絡みでヘアスタイルを変える人は多い
彼氏がショート好きだからとバッサリ切ったり
彼氏が前髪ありが好きって言ってたからと前髪つくってきたり
(だいたいサプライズで切って、彼氏に見せたら反応薄いまでがセット)
そんな女子は結構いる。
可愛いな〜と思いながら眺めている。
恋愛絡みでも私がみてきたものは
失恋したから切るのではなく
今の恋愛の相手により良くみてもらうための行動だった。
だからもしパートナーが大幅なヘアチェンジしてきたらどうかオバーに反応してあげてほしい。

ちなみに私が今回髪を切ったのは
恋愛は全く関係ないです。笑
単純に毛先が傷みすぎてたのと
暑くなり、長いのが鬱陶しかったから。例外パターンだ。
雨滴るバラを
休日、バラ園に行ってきた。
数年振りだったのでとても楽しいにしていたが残念ながら天気はよくなかった…
(桜の時間よりもワクワクしていたので
自分は薔薇好きなのかもしれない…)
天気は良くなかったが
雨が滴るとまた違った味があって
それはそれで良かった。

あなたの思う上司の役割とは?
ある日の朝礼、上司が同僚の行いについて名前を出さずに釘を刺しているのだが目線が終始私にくる。問題を起こしているのは私ではない自覚があったので、朝礼後に仲の良い先輩に話すと「A子(指摘されてる同僚)には直接言えないからあなたをみてたんだと思う」と返ってきた。私に視線をやったところで意味ないぞ。
皆さんの思う上司の役割はなんでしょうか。
もちろん一つだけではないが、個人的には「社員の指導を行い職場環境の規律を保つこと」がある。
例えば、
社員のデスクが整理整頓されておらず毎日雪崩が起きる。隣の自分のデスクまで荒らされたり、片付けを手伝うことになる。時間ロス….。
頼まれた仕事を途中でやめ、仕事中にSNSを開いている同僚。タスクは終わっていないので上司から引き継ぐように言われる。締切間近…。
こんな職場、皆さんいかがでしょうか。
このどちらかは私の実体験なのだが、ため息を吐いてしまう。
もちろん、自身で指摘して改善まで持っていけたら何も問題はない。だが、言いづらく感じる人もいる。特に相手が先輩の場合は。
そして、素直に改善しない人もいるのだ。これが厄介。
そこで登場するのが上司で、働きやすい環境、規律を正す。
と私は思う。
冒頭に書いた上司の行動につい「この上司についていけないな」と…。
皆さんの理想の上司はどんな人でしょうか。
テレビを観ていて
「この人が上司の人いいな」と思う人が2人いる。
(ここで私がTBS系列の番組好きがバレる)
このお二人は理想の上司ランキングに入るほどだから多くの人が共感してくれると思う。
周囲のスタッフの良いところ見つけ褒めたり、感謝の気持ちが見えること。素早い場のフォローが素晴らしいといつも感じています。
川島さんは芸人さんですので実際は上司というよりは『先輩』の部類になるが
安住さんに関しては会社員ですから本物の上司の立場。
気になって検索をかけて見ると異例の大出世をしているとか。
後輩アナウンサーにいじられてる姿もあったのでそこまでの重役と思わず、驚きました。
きっと安住さん、後輩の指導上手いんだろうな。
日曜日に愚痴と理想を浮かべながら…
明日も頑張ります。
最後の教え
今月の上旬、祖父の四十九日を終えました。
私が高校卒業までの18年間一緒に暮らしていたが、祖父とは3年ほど会えていなかった。
だからなのか、消化しきれない感情が多い。
今回はそれを少しでも良いものへ消化できればと書くことにしました。
祖父は晩年、股関節周りの骨折から、車椅子での生活だったという。
(長らく会えていなかったので私には車椅子で生活する祖父は全く想像できない。)
車椅子生活が始まってからは以前から発症していた認知症も進行していき、施設にお世話になる機会が多くなった。
施設でコロナ陽性者が出ると家に帰ることも面会も簡単にはできなくなった。
私も県外に住んでいたため感染対策の観点から面会には行かなかった。
本当は会いに行こうと行動すれば面会する機会ならあったのかもしれない。
でも、本当は
弱っていく祖父を見ることが耐えられなかった。
私を忘れていたら辛かった。
そんな言い訳があったのだろうと今は思う。
葬儀の前はそんな自分に後悔していた。
だけど、私の記憶の中の祖父はいつまでも自らの足で歩く祖父。
この記憶のままであるのなら良いのかもしれないと思う自分もいれば、それでも会いたかったと思う自分もいる。
モヤモヤと消化できてないのは空白の3年間が大きいのだとこれを書いていて感じた。
非対面が増えてきた現代に、人と会うことの大切さを最期に教えてくれたように思う。
思い出のレモンクリームを
用事があり、普段いかないどこまで足を伸ばすことに…
近くにあった3年ほど前に職場の人と行ったお店でランチをいただくことに
当時そこで、レモンクリームのパスタを初めて食べた
私はレモンというとデザートの部類をイメージしてしまうので、食事にレモンって…と思っていたが、この時は普段食べないものにしてみようと食べることに。
さっぱりした香りがクリームとよくあっていた。
それをきっかけに、定期的にレモンブームが私にやってくることになった。
そして今回もランチメニューにレモンクリームがあったので、そちらを注文。

思ったよりレモンの風味を感じられず、
クリームが濃い(というか温めたミルクスープ感が強い)味で当時のものとは違っていて少し残念だった。
だが、味の違い以上にこの店がまだあることがとても嬉しかった。
私は最近この土地に3年振りに戻ってきたのだが、コロナ禍の影響もあるのか馴染みのお店がなくなっていることが多かった。
反対に新たなものがあり、動揺することも。
浦島太郎も地上に戻ったときこんな気持ちだったのだろうか
私は思い出のレモンクリームと再開できて幸せものだ。
